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さらば、マレーシアーその4(最終) [日記]

<最高のテニス仲間たち>

 マレーシアのロングステイ・ビザは基本的に仕事をすることを禁止している。マレーシア人たちから仕事を奪うなということなんだろう。それをいいことに僕はいっさい仕事はせず、毎日のようにテニスとプールでの泳ぎと週1回のバティック教室通いに明け暮れた。僕の住んでいるコンドミニアムは400室以上あり、少なくとも1,200人ぐらいは住んでいる勘定になり、その内少なくとも100人ぐらいは日本人だと思うのだが、テニスをする日本人は1人もいない。男性は殆どが現役で仕事(勤め)をしていて、そのほぼ全員がゴルフ族である。従って僕は彼等の仲間には入れない。廊下やレストランで合った時挨拶をするぐらいである。このコンド内でテニスをするのは主としてインド人と白人達だ。その内の幾人かと、あとは外からテニスをしに来る連中とやっている。もう1つは近所にスポーツセンターがあって、テニスコートが4面あり25〜6人のグループが毎週土曜日の夕方に集まってくる。このグループにも日本人は1人もいなかったのだが、最近現役で仕事をしている日本人が1人仲間入りしてきた。その彼とプレイする時だけは、「あ、ごめん」とか思わず日本語も飛び出す。


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 中国系マレー人や純粋のマレー人、この中にはいないが数人のデンマーク人やイギリス人などがいて、まだ殆どが現役で仕事をしているので週末に集まるのを楽しみにしているようだ。


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 もう1つのグループは僕のコンドのコートに毎週日曜日にやってくる連中で、中国系のローカル人とイギリス人、時にはインド人たちも加わる。5年間一緒にやってきたので、僕が日本に帰ると知ってみんなでお別れ食事会をしてくれた。本当に気持ちのいい連中で、この人たちと別れるのはとても心残りだ。恐らく日本ではこんなに人懐っこい人たちのグループとのテニスは期待できまい。

 とまぁ、こんな楽しいマレーシア生活を切り上げて、寒さに喘ぐ日本に何故帰るの?とよく聞かれるけれど、僕もあと5年もすると80才を超えるしなぁ。この辺で思い切って帰り、終の棲家を構えようという気になったというわけです。

というわけで、しばらくはブログをまた休みます。いつも不精でろくに更新もしなかったので、忘れられてしまったことでしょう。またいつかお会いする日もあるかと。その時はどうぞよろしく。
石津祐介
 

さらば、マレーシアーその3 [日記]

 これまでのブログで紹介したように、5年間のマレーシア暮らしではいくつかの島とマレー半島の東海岸へも出かけてみた。ランカウイ島やティオマン島は思い描いていたような優雅なリゾートで大いに満足したけれど、世界遺産に登録されているマラッカやペナンの街は期待したほど感心するものが案外少なく、ちょっと拍子抜けではあった。僕のマレーシア生活の中では観光地などへ出かけたことよりも、むしろ近所の教室に通って習ったマレーシアの伝統民芸バティック制作が一番の想い出になりそうだ。気がつくと何と4年半も通っていたことになる。その間に作った作品は60点くらいになるだろう。
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 バティックは日本のろうけつ染めに似ていて、熱く溶かしたワックス(蝋)で輪郭を描いていき、その中を染料で染めていくもので、着るものや壁飾りなどにするのである。

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 僕は当初は壁にかけるタペストリーや額に入れて部屋の壁に掛けたりするものを作っていたが、やがてスーパーなどへ買い物に行く時に使うエコバッグばかりを作るようになった。うちの奥さんから簡単なバッグの縫い方を習ってからはミシンを踏むのも楽しくなってきた。バティック教室の他の生徒さんのようなバティック独特の絵柄にはあまり興味のない僕はネットなんかからいろんな絵柄を引っ張り出してきて、それをモチーフにしてさらに簡素化なんかするものだからすぐに作品が仕上がってしまう。驚異のスピードだなんて皆んなから云われて悦に入ったりしているのである。

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左端はアフリカのティンガティンガ派と云われるアート集団の画家の手になる絵をモチーフにしたもの。中央は普段はいている短パンをデザインしたもの。右端はたまには和をテーマにしようと、北斎の浮世絵からいただいたもの。こんな調子でいつの間にか60点ものエコバッグを作ってしまった。

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エコバッグ制作の合間には息抜きにノートパソコンのカバーなんかも作ってみた。

とまぁこんな具合で週1回教室に通い始めて4年半があっという間に過ぎてしまった。



さらば、マレーシアーその2 [日記]

 マレーシアは車社会である。公共交通機関が発達していないので、どこに行くにも車が必要になる。クアラルンプールの中心部はモノレールが走っていたり、何本かの電車が放射状に伸びていたりはするのだが、この電車やバスで通勤している人の数は日本などに比べるとほんの僅かと云っていい。車好きの僕もここでは絶対に必要なことが来る前から分かっていたので、どうするか考えた末にMM2Hビザを持っている外国人は来る前に自分の国で使っていた車を無税で持って来れるという特典を利用することにした。
 東京で2年間乗っていたミニクーパーは、もしこちらで買うとすると560万円もする。何と日本の2倍の値段なのだ。これはマレーシアの国産車を保護するために輸入車には2倍の関税をかけているせいだという。それでもここはさすが車社会だけあってちょっと金に余裕のある人間はベンツやBMWを欲しがる。少し前の日本によく似ているのだ。僕の住んでいるバンサーという地区は高級住宅地と云われるだけに、ベンツやBMW、果てはフェラーリやランボルギーニまでがウヨウヨいる。車が正にステイタスなのである。そんな中にあってミニクーパーやゴルフGTIなどは金持ちのセカンドカーとして、或はオモチャとして人気がある。派手な黄色でサンルーフ付きの僕のミニも住んでいるコンドでも結構目立っている。
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車社会なのでコンドミニアムでは必ず各部屋に1台ずつパーキングがついている。分譲価格に少なくとも1台分のパーキングがついているのだ。僕のパーキングの隣の人は2台分の駐車スペースをもっていて、いつもベンツのSLKとBMWのM3を駐めている。反対側にも大型のベンツが駐まっているので、僕のミニはいつも小さくなっている。
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このコンド(マンション)は400室ぐらいある内のおよそ半分が分譲され、あとの半分はデヴェロッパー会社が賃貸している。ホテルのフロントのようなサービスをするアパートをサービス・アパートと呼んで、一般のマンションと区別しているのだが、ここでもフロントに必ず1人以上が常駐して住人へのサービスをきめ細かにやってくれる。いつも受付にいるインド人のおばさんはもう勤続20年以上とかで、何百人もいる住人の全ての顔を覚えている。
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我が家のテラスでは熱帯植物を何鉢か育てている。葉ものはあまり手をかけずに放っといていてもよく育つのだが、ブーゲンビリアだけは結構むつかしい。水をやりすぎてもすぐ枯れてしまうし、やらなければ元気を失うしで結構やっかいだ。それでも辛抱して適当に水を絶やさないようにしておくと、年に何回か花をつけて楽しませてくれる。あれは花ではなくて葉っぱだよと云ってくれる人がいるが、僕にはどう見ても花に見える。
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週に3〜4回はテニスをするし少し動いただけで汗をかくので、普段はあまりほかの運動はしないのだが、たまに日本に行ったときには食い物が旨いので少し太って帰ってくる。そんなときにはコンド内にあるスポーツジムで汗を流して体重減らしを心がける。以前はランニング・マシンの上で20分以上走っていたものだが、70才以上にもなると走るのはあまり体によくないよと云われて、この頃では1時間の歩きに切り替えた。歩きだけでも1時間もすると消費カロリーも20分の走りを超えるから、心臓に負担をかけずにカロリー消費ができるわけだ。
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 こんな調子で5年間もここで暮らしていると、あまりに平和でのんびりしているのでボケはしないかとマジで心配になってくる。あと5年もすれば80才を超えるし、そうなれば体力、気力共衰えてから日本に帰ってもあまり楽しい暮らしもおくれまいと思い始めたのが今回日本に帰ろうという気になった主なる動機なのである。



さらば、マレーシアーその1 [日記]

 この2月末でマレーシアに移り住んでちょうど5年になる。何もしないでごろごろしていた割にはアッという間に5年が経ってしまった。気がつけば俺ももう76、来年は喜寿だ。今はまだピンピンしていて、毎日のようにテニスコートで走り回っているが、あと5年もすれば80を超えるし、そうなれば体力、気力とも衰えてくるかも知れない。そうなってから日本に帰っても、老いさらばえていくのをただ待つだけというのでは情けない。というわけでそろそろこの辺で楽園生活は切り上げ、いろんなことが結構厳しい日本に敢えて帰って、終の棲家でも建ててやろうと一大決心をしたのである。2月末で賃貸契約が切れるのを潮時に月末の日本行きのエアチケットを手配した。
 思えばここマレーシアは当初の予想通り正に天国ではあった。物価は安い。治安は悪くない。食い物は旨い。英語が通じる。そして何よりも常夏の気候が素晴らしい。1年中短パンとTシャツとビーサンで暮らせる。仕事を引退して年金生活をする者にとってここは正に理想の国と云えるかも知れない。
 近年マレーシア政府肝いりのロングステイビザ(Malaysia My Second Home Visaという)を取得して移り住むリタイア組が増えたらしい。東日本大震災後に特に多くなったという。そこでこれからマレーシアに移り住もうかと考えている人たちにも参考になるかも知れないと思い、この5年間の出来事や毎日の暮らし、行ったところやそこでの経験などをまとめてみたい。

<こんなところに住んでいた>

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Bangsarという都心から車で15分ばかり行った住宅地の丘の上にそびえる超大型コンドミニアムの10階にいい部屋が見つかった。築30年近い古いマンションだが、管理が行き届いていて住み心地がよいと聞いていたのでここに決めた。3ベッドルームとメイドルームという構成で広さは170平米もある。夫婦2人には広すぎると思われたが、あまりの景色の良さとテニスコートやプールの素晴らしさに惹かれて予算オーバーではあったが、思い切って入居した。因に家賃は月11万円(為替変動によっては12万円近くなる)で、日本と比べると嘘のように安い。当初は月8万円というつもりであったが、周囲の雰囲気やマンションの設備などを考えると、むしろこの方がいいのではないかと自分を納得させて思い切ったわけだ。

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コンドミニアムのテラスからの眺めとしては、ここは恐らくクアラルンプールで1番と云っていいだろう。クアラルンプールのシンボルになっているツインタワーとKLタワーが左手に見え、その手前に公園や平屋の住宅地が広がり、何も目を遮るものがないのである。

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ビルが林立する都心部や近所のビジネス街を遠目にこのコンドミニアムの前だけどうしてこんなにビルがなく、見通しがいいのだろう?多分市の方針でこの地区にはビルを建てるのを禁止しているのであろう。我々住人にとっては誠にありがたい状況という他ない。

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朝ツインタワーを背にして昇ってくる太陽は見応えがある。サンライズだかサンセットだか分からないような景観をしょっ中見ることができる。

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目を下に移すとプールサイドで寝そべるビキニの女が目に飛び込んできたりしてニヤリとさせられる。

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プールはやや変形だが泳ぎやすく、子供や大人を対象にしたスイミング・レッスンなんかもやっていたりする。泳ぎがあまり得意ではない僕も美人の水泳コーチに習おうかと思っていたが、テニスの方が忙しくついに習わず仕舞いになった。

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1番の趣味であるテニスの環境はすこぶる良い。2面のコートの1つは主としてレッスンに使われているが、空いているときには誰が使ってもいいし、もう1つのコートは使い放題だ。コンド専属のコーチがいるところはKL中探してもないのではあるまいか?そのコーチを混じえてのテニスのゲームはとても楽しい。

とまぁ、こういった環境に5年住んでいたわけだ。天国と云わずして何と云えばいいんだろう。
ではなんでこんなにいい所にバイバイしてくそ寒い日本なんかに帰るの?と聞かれることが多い。
「でもなぁ、やっぱり死ぬところは日本だろう」というのが僕の本音なのだ。だからまだ元気なうちに日本に帰って、終の棲家を自分も参加して作るというのが目下の最大の関心事になっているのである。

 

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